腫瘍循環器学 (onco-cardiology)
院長の前職は「国立がん研究センター中央病院 総合内科・循環器内科 医長」です。循環器診療を専門としていた医師が、どのような理由で日本最高峰の「がん拠点病院」に移籍し、どのような仕事をしていたのか、簡潔に説明したいと思います。
「歴史」
腫瘍循環器学、英語では「腫瘍」を意味する “onco” と循環器を意味する “cardio” を組み合わせて、”Onco-cardiology” または “Cardio-oncology” と称されている分野ですが、その歴史は浅く、20年強しかありません。2000年頃に米国のMD Andersonにて診療科目として勃興しましたが、日本では、2010年を過ぎてから筆者はじめ一部の循環器医・腫瘍医によって細々と研究会が始まりました。2018年にようやく、当時日本循環器学会の代表理事であった小室一成先生らによって「日本腫瘍循環器学会」が設立され、学会として、医学の一分野として認められました。院長は同学会設立時より、評議員として深く携わっております。
「目的」腫瘍循環器学とは?
腫瘍学においては、元々臓器別に発展してきた経緯があり、肺癌なら呼吸器内科・外科、大腸癌なら消化器内科・外科を中心に研究・臨床が進められてきましたが、近年では臓器横断的に腫瘍学を捉え「がん薬物療法専門医」の資格が新設されるなど、分野間の垣根が取り払われて発展していく機運がありました。一方循環器学においては、そもそも心臓にはほとんど癌・悪性腫瘍が発生しないこともあり、この流れに乗り遅れ、悪性疾患を苦手としている医療従事者が多数いました。このような中、両分野で協力し、より医学・医療を発展させようというのが、腫瘍循環器学の目的となります。
具体的には「元々心臓や血管に病気をもってる患者が、癌になったときにどう対応するか」「がん治療を行っている最中に、心臓病を発症したらどうするのか?」に対応することが求められます。
2000年を過ぎてから、このような分野が注目されるようになった理由としては、ひとえに癌診療の進歩が挙げられます。上記は国立がん研究センターのHPからの引用ですが、がんの5年生存率は改善傾向にあります。(もちろん個々の症例に注目すると、医療の力が及ばず、不幸な転帰をたどられる方は多数いらっしゃいます) 以前であれば、癌の治療で手一杯で、循環器系の心不全・血栓症などの合併症もやむなし、といわざるを得ませんでした。しかしながら、一部とはいえ癌患者が治癒し、長く生きていくことができるようになると、治療に欠かせない薬物であっても循環器・血管合併症が許容されなくなっていきます。一例を挙げると、下の乳癌の研究をご覧下さい。
乳癌の治療には、アントラサイクリン系やHER2阻害薬系といった、長期的には心機能低下・心不全をもたらしかねない薬物が使われます。以前のように癌患者が長生きできない時代であれば、循環器系の副作用が出現するまえに癌により不幸な転帰をたどることが多かったのですが、長期予後が改善するに伴い、たとえば乳癌だと治療開始10年目以降、癌で死ぬリスクよりも、循環器疾患で死ぬリスクの方が高くなる、という逆転現象がみられます。こうなると、むしろ循環器疾患・心毒性を管理することが、10年以上長生きする上でより重要である、ということになります。このような状況に対応すべく、循環器医と腫瘍医が手を携えて、患者のために尽くしましょう、という趣旨で設立されたのが、Onco-cardiologyであり、腫瘍循環器学会なのです。
「院長と腫瘍循環器学」
院長は、先に書いたように、同学会の設立メンバー・評議員として、立ち上げ段階から関与してきました。国立がん研究センターにおいては、研究所と中央病院の橋渡しをし、写真のようにワークショップ開催などに尽力しました。
学会・執筆活動としても、学会より発刊された「診療ハンドブック」の著者の一角として、また「ガイドライン」の協力員として、免疫チェックポイント阻害薬といった新薬の心毒性などについて積極的に情報収集・発信に努めております。実際に腫瘍循環器疾患で来院される方はそう多くないと思いますが、もし癌治療中の心毒性・血管毒性や、心臓に持病がある中で癌を発症したなどありましたら、遠慮なくご相談ください。